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ナオミ・シェメルのエルサレムへの想い

 1967年、六日戦争(第三次中東戦争)の前、イスラエルの国民的シンガーソングライターのナオミ・シェメルが「黄金のエルサレム」という歌を作詞作曲しました。この歌は、シュリー・ナタンという当時19歳の軍の楽隊に所属していた女性がエルサレムの歌謡フェスティバルで歌い、国民の心を掴みました。
 エルサレムを愛し、古の昔神殿が建っていた旧市街がイスラエル国のものでないことを嘆いた歌です。
歌詞の一番は以下の通りです。
 
 「山々の空気はワインの如く澄み渡り、松の香りは鐘の音と共に黄昏の風に上る
  その真中に城壁を据えて一人座している都は、木と石のまどろみの時に、その夢の中で捕らわれている
  金と赤銅と光のエルサレムよ、我は汝の全ての歌に竪琴を奏でる者ではないか」

 原文では更にエルサレムの美しさが心に響いてやまない歌詞となっています。
 
 ところが、この歌に左翼活動家たちはケチをつけました。
 問題とされたのは2番です。
 「ああ、貯水池は枯れ、市場の広場は誰もいない
  神殿の丘や旧市街を訪れる者はおらず、周囲の洞窟に吹く風の音が虚しく響いている
  エリコの道を通って死海に下る者もいない」

 当時、旧市街やエリコへの道を通って死海に至る区域はヨルダン領でした。そのため「旧市街にはアラブ人がおり、この歌詞はそれを全く無視している」と、イスラエルの左翼活動家たちはこの歌詞を批判したのです。特に、日本でも晶文社という出版社などで有名なアモス・オズというリベラル作家は、この批判の先頭に立っていました。

 このような批判に対してナオミ・シェメルは以下のように答えています。
 「私はとても直感的な人間です。合理的な知性でなく、腹から湧いた思いを歌詞にしたのです。
 これは人が恋人を慕うのと同様なのです。
 つまりアモス・オズの主張は、あたかも彼が自分の精神科医のところに行って、「心配ないよ。君の恋人はベッドに独りぼっちでいるわけじゃないよ」と聞いて、安心しているようなものなのです。
 私自身は、壮大な譬えで言うと、ユダヤ人がいない世界は死んだ星と同様なのです。そんな世界は残念でならない。ユダヤ人のいないイスラエルの地などというものは、私にとって空虚な場所にすぎないのです。
 私はアラブの中にも素晴らしい詩人たちがいるのを知っています。そして彼らもまた彼らの慕情を表す詩を書いています。
 私は私の慕情を表現しただけなのです」。

 エルサレムはユダヤ人にとって花嫁であり恋人なのです。実際に歴史的文学でもそのように描かれています。

 以上はとても有名な話で、私もイスラエルで何度も聞いた内容でした。しかしネット時代になって実際にナオミ・シェメルさんがそのことを話している音声に触れるのはこれが初めてで、とても感動しました。
 以下にそのリンクを張り付けておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=2W8gwoBxnGw

 最近、国連機関であるユネスコが、ユダヤ人とエルサレムの関係を否定する決定を出しましたが、これは歴史的事実を無視しているのみならず、ユダヤ人のエルサレムに対する思慕の心を全く理解していない決定であると言わざるを得ません。

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プロフィール

ヨハナン

Author:ヨハナン
「イスラエルの風」へようこそ
ヘブライ語教室マアヤン・リナーの講師、児玉直純です。
福岡で、おそらく九州で唯一のヘブライ語教室です。また翻訳・通訳をしています。
http://www1.bbiq.jp/maayan-rinnah/index.html

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