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福岡のイスラエル人

 今日は福岡の香椎在住のイスラエル人が家に来た。奥さんがカナダ人で、へブライ語を勉強したいということで、御夫婦そろって遊びに来てくれた。二人共英語の先生をしている。旦那さんはネイティヴだが、奥さんにへブライ語そ教えるのは難しいとのこと。奥さんは日本語がほとんど話せないので、私にとっても英語の勉強になっていい。
 彼はハイファのキブツ・ヤグール出身だが、私に同キブツ出身で古くからの友人がいるので、その話で盛り上がった。「ハオーラム・カタン(世界は狭い)」。

 彼の紹介でもう一人福岡の大野城に住んでいるイスラエル人と知り合うことができた。彼とはネット電話の「スカイプ」で話した。すでに6年も日本に住んでいるとのこと。奥さんは日本人で、彼も英語を教えている。
私が知っている限りでは、福岡にもう一人、前原にイスラエル人が住んでいる。彼も英語の先生で、とても美人な日本人の恋人と同居している。
 
 これで3人の福岡在住のイスラエル人と知り合うことが出来た。
彼らとへブライ語で話していると、青春時代を思い出す。18歳から26歳までの大切な時期をイスラエルで過ごした自分にとっては、彼の地は日本に次ぐ第二の故郷だ。
 ああ、イスラエルに行きたいよ~。
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エルサレム離れ

 エルサレムは、訪れたことのある人は大抵その魅力に虜になってしまう、不思議な町だ。私も六年半住んでいたが、今でも夢に出てくるほど恋しくて仕方が無い。イスラエル全土が魅力的だが、特にエルサレムは「エルサレム・シンドローム」という言葉があるくらい人の心を奪ってしまう。

 ところが近年エルサレムに住むユダヤ人の人口は減少傾向にあり、特に若い人たちのエルサレム離れはかなり目立つようになってきている、という。逆にアラブ人人口の割合は増加し、また観光客数はかなり上昇しているとのこと。

 若者のエルサレム離れの最大の理由は、国の首都であるにもかかわらず、非常に貧しいこと。エルサレムの38%のユダヤ人は貧困層と規定される枠の中に入る。給料の平均値は他よりも25%低い。
また、ハイテク産業などの儲かる仕事はテル・アヴィヴ近辺や他の大都市に集中し、エルサレムには若者を引きつけるものが無い。
 エルサレム市の教育に対する意識の低さも指摘されている。例えばヘルツェリヤ市では一年間で1人当たりに1600シェケル(約4万円)の教育費を負っているのに対して、エルサレム市は予算の関係で900シェケル(約2万3千円)しか払うことができない。

 経済的なこと以外にも、他の大都市のほうがより開放的で自由な雰囲気がある、などの理由が挙げられる。

 イスラエルの若者達は「エルサレム・シンドローム」には罹らないのだろうか?

エルサレム解放記念日

 ユダヤ暦イヤルの月28日はエルサレム解放記念日で、今年は太陽暦の5月26日になる。この日は1967年6月の六日戦争の勝利で、それまで西と東の地区に分断されていたエルサレムが一つになったことを記念する。
 この日はイスラエル中から多くの人がエルサレムに上り、エルサレム中を散策したり、ハコーテル(西の壁)に行って祈りをささげる。また六日戦争で最大の激戦地となった「弾薬庫の丘」では式典が催され、亡くなった兵士達を顕彰する日でもある。

武器の密入阻止

 エジプトからガザへ海を通っての武器の密入増加が懸念されている。
 現地時間14日の早朝、海上を警備していたイスラエルの海軍兵がエジプトの方からガザに向かっている怪しい漁船を発見。停止警告の射撃をすると、その漁船から8つほどの袋を投げ捨てるのを確認。漁船を止めて、2人の パレスチナ人を逮捕した。地雷やカッサム砲発射のための数百キロの火薬を運んでいる途中だった。
 同様なことが5月3日の独立記念日にも起こっており、イスラエル軍がガザから撤退してからは4度目で、海軍は目を光らせている。

北も愛したベングリオン

 初代首相ダヴィッド・ベングリオンは「イスラエルの将来は荒野の開拓にかかっている」と言って、国土の6割を占める南部のネゲブ地方を愛したことは有名だ。自ら首相を辞めてスデーボケルという南のキブツに移り住んだほどだ。ベングリオン夫妻のお墓はそのスデーボケルにある。今もティンの荒野を見下ろし、イスラエルの将来を見据えているようだ。

 しかし、ベングリオンはイスラエルの南だけをえこひいきしたのではない。もちろんイスラエルの国土全部を愛した。特に北はベングリオンのお気に入りでよく訪問していたらしい。本日のYnetにその時の写真が何枚も載っているので紹介したい。ガリラヤ湖やタボール山を訪れている時の貴重なものばかりだ。

http://www.ynet.co.il/articles/0,7340,L-3243539,00.html

 ポーラ夫人や長年エルサレム市長を勤めたテディ・コレック、ベングリオンの副官ネヘミヤ・アルゴヴも一緒に写っている。
 ベングリオンの自分の国への愛が伝わってくる。

ヨッスィー・バナイ逝去

 イスラエルの大タレント、ヨッスィー・バナイが逝去した。享年74歳。
 「タレント」と書いたが日本で言う単なるタレントと違い、彼の場合はまさに才能の人で、映画俳優、劇団俳優、コメディアン、脚本家、声優、歌手、と様々な分野で活躍した、イスラエルを代表する文化活動家だった。
 
 1932年、エルサレムのマハネー・ユダ地区に誕生、軍隊でナハル(開拓屯田兵部隊)の第一期楽隊に入隊。その後様々な劇団の俳優などを経験し、生涯タレント人生を送ることになる。
 
 日本では全く知られていないと思うが、イスラエルソングのCDでナオミ・シェメルの「アル・コル・エレ」をカバーしているので、聞いたことがある人もいるはず。

 イスラエルでは、多くの映画や舞台俳優として知られているほか、有名なコメディアングループ「ハガシャッシュ・ハヒヴェル」の初期の台本を多く手がけている。
 1998年には演劇部門でイスラエル賞(文化勲章のようなもの)を受賞した。
 オルメルト首相も「イスラエルは今日、国の文化の巨人を1人-ヨッスィー・バナイを失ってしまった」と哀悼の意を表した。

祝イスラエル独立記念日

 今日はイスラエルの58年目の独立記念日。
 西暦による1948年5月14日が独立記念日だが、イスラエルの祝祭日はユダヤ暦で祝われるため毎年日にちがずれる。
 ユダヤ暦では8番目の月イヤールの5日がユダヤ暦の独立記念日で、今年は西暦の5月3日にあたる。

 以前にも書いたがユダヤの一日は夕方の日没から翌日の日没まで。
 そのために、独立記念日は前日(今回でいえは2日)の日没から始まる。この日は無礼講で、皆夕方になると町の中心街にでかけ、互いに噴射するとと色の着いたひも状になるスプレー(スプレーの名称を知りません)をかけあう。
 また各地では記念式典が行われる。最大のものはヘルツェルの丘で行われる式典で、世界各国の要人が招かれる。
 興味深いのは毎年恒例の「旧約聖書クイズ」。世界中で予選を勝ち抜いてきた人々が、イスラエルに集まって決勝戦をを競う。これは朝から晩まで行われその一部は、テレビやラジオでも放送される。

 「タプーズ」というニュースサイトの国会放送を視聴していたら、多くの国会議員が独立記念の祝辞を述べていた。右系も左系も関係なく皆異口同音にイスラエルの独立記念日を喜んでおり、全国民と心を一つにしていた。
日本でもそのような日が来ることを心から願う。

戦没者記念日

 今日はイスラエルで国のために命を捧げた方々を記憶する戦没者記念日。
 明日の独立記念日は喜びの日だが、その前日には戦没者を追悼、顕彰の日をおくる。一週間前には虐殺記念日だったが、どのような辛く困難だったことも民族の歴史として記憶するのがユダヤ民族。

 この日はエンターテイメントの店は閉店し、お祭騒ぎなどは一切しない。午前11時になると、国中でサイレンが鳴り、一切の交通機関が一時ストップし、車から降りて(バスなどは車中で)起立し黙祷を捧げる。
 イスラエル人が子供にいたるまで自国の歴史や成り立ちについて関心が深い所以がここにある。

 日本でも8月6日、9日、15日には同様のことをしたら少しは変わるのではないか。
プロフィール

ヨハナン

Author:ヨハナン
「イスラエルの風」へようこそ
ヘブライ語教室マアヤン・リナーの講師、児玉直純です。
福岡で、おそらく九州で唯一のヘブライ語教室です。また翻訳・通訳をしています。
http://www1.bbiq.jp/maayan-rinnah/index.html

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